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「それいるの?」という声にも負けず…防犯アクセサリー「Yolni」開発者のものづくり愛
スタートアップらしさとは――その一つは、大企業がやらないことに取り組むことではないでしょうか。ひと目見ると、ファッションアイテムのように見える防犯アクセサリー「Yolni」(ヨルニ)の開発を進める奥出えりか氏もそう考える一人です。円形のスタイリッシュなボディと、空の情景を表す色の大きなボタン。「夜道の不安をなくす」をミッションに掲げて、新たな製品を世に出そうとしている開発者に迫ります。
Yolni株式会社 代表取締役 奥出 えりか 氏
慶應義塾大学環境情報学部を卒業。同大学大学院メディアデザイン研究科で修士課程を修了し、株式会社ルースヒースガーデンを創業した。その後、スマートフォン連携の防犯アクセサリー「Yolni」の事業化に着手して、2023年に「TokyoものづくりMovement 未来のものづくりベンチャー発掘コンテスト」で最優秀賞に選ばれる。Yolni株式会社として法人化し、2025年内の商品化へ準備を進めている。
就職せず1社目を起業…企画を「早くやりたい」
―― 大学院の修士課程を修了後、すぐに起業をされました。どんな学生時代を過ごしていたのですか。
私は企画を考えるのが好きで、日常を豊かにするという発想に興味を持っていました。大学時代はインタラクションデザインを専攻していたんです。
例えば、所属した研究室では水面でできたディスプレイに水のしずくが落ちると、センサーが反応して水の波紋の映像がふわーっと広がる作品を作っていました。日本は雨を風情と感じる文化があるので、それをデジタルで表現できないかなと思って。アイデアを技術で実現するという考え方は、Yolniの開発に通じていると思っています。
大学院では、メディアデザイン研究科でした。世間にある社会課題をユーザーの視点に立って、技術でどう解決していくのかというデザイン思考を学んでいたんです。その中でイノベーションを必要とする中小企業の方とフィールドワークを通じて見つかった課題に対して、具体的に製品やサービスを開発して、実証するところまでやっていました。
―― そんな中で、どのような経緯があって起業に至ったのでしょうか。
最初は就職活動をしたのですが、企画の仕事は会社に入ってある程度経験を積まないと担当できない所が多く、そこに至るまでには時間が掛かるということが分かりました。でも、私としては早くやりたかったんです(笑)。
そんな中で、Yolniのメンバーでもある植田えりかがイラストレーターとして表現の場が欲しいという話をしていたので、2人でいっそのこと起業しようと思って、1社目のルースヒースガーデンという会社を立ち上げました。
―― その会社でも、デザイン思考でお客様の課題解決をされていたのですか。
そうですね。例えば、女性だけでなく男性も含めた大人の方が日常的に使えるようなキャラクターブランドを作ってマグカップなどグッズを作っていました。今では当たり前かもしれませんが、10年前だとキャラクターものは子どもや女性が持つというイメージが強かったんですよね。
そのグッズを制作する過程で少量のものづくりをするため、デジタルファブリケーションも取り入れました。例えば、皮製の丸い手鏡を作るために、レーザーカッターで皮と鏡を切り出したりしたんです。革職人さんの使う工具を使ってやると、素人にとっては本当に大変なんですよ(苦笑)。デジタルデータの作成は得意ですから、イラストレーターで起こした図面をレーザーカットに出力して作りました。
また、Tシャツを1枚からフルカラーで作るために、ガーメントプリントができる機械を持つメーカーさんへ問い合わせフォームからアプローチして、結果的にガーメントプリンターの販促に数年間ご協力させていただいたこともありました。今でこそ普及した技術ですが、当時は珍しかったんです。
―― 最初の会社を立ち上げたときは、事業を進めようと突き進んだ印象ですね。
今ほど少量でものづくりをすることが一般的な時代ではなかったので、チャレンジしていたと思います。私は美大卒でもないし、工学部などでものづくりを学んだわけではありませんが、試行錯誤してものを作るのが、とにかく好きでした。
Yolniでコンテストの最優秀賞を獲得…「鍛えられました」
―― そんな中で、Yolniの事業アイデアはどう生まれたのですか。
2016年に、注目が集まっていたIoT製品の関連コンテストへの応募がきっかけです。その少し前からメンバーと昔から変わっていないものをIoT化したいよねという話をしていて、防犯ブザーが候補に挙がったんです。私たちが子どもの頃から見た目も機能も変わっていないけど、スマートフォンと連携して位置情報や通知サービスと一緒に使えたら、もっと意味のあるものになるんじゃないかと考えて。子どもだけでなく、大人向けの製品があれば、私たちも普段使いできると思って、その時はふわふわのファーを取り付けて、怖くなったら握って使う「しっぽコール」と名付けた製品を作りました。
―― 防犯ブザーのアイデアが出る過程をもう少し伺ってもいいでしょうか。昔から変わらないものだと様々あって、例えば南京錠もそうですよね。どういうところから、防犯ブザーの案が出たのですか。
自分事だったからです。私が防犯のためにグッズなどについて調べた時、小さなピンク色の子ども向けのブザーばかりで、大人が普段の生活や通勤で持ち歩きづらいデザインが多くて……。それに大人は大きい音を鳴らすことに躊躇してしまうと思いますし、たとえ鳴らせたとしても鳴った時点で怖い目に遭っている可能性があります。今の技術を使えばもっと他にできることがありそうだと思ったんです。
―― そうだったんですね。「しっぽコール」から「Yolni」へ名前を変えたのは理由があるのですか。
色々な人に持ってもらいたかったからです。私たちも当初は若い女性だけが必要としているだろうと思ったのですが、様々な方へインタビューをした結果、性別や年代は関係ないとわかりました。男性でも怖い思いをしている方がいるし、年配の方で普段は元気だけれど、突然健康上の問題で倒れたらどうしようという不安の声もありました。
そこでコンセプトはそのままに、幅広い層の方へ素敵だなと思ってもらえるように商品名をYolniと名づけました。怖いから家の中にいようではなく、夜って素敵だよねというメッセージを込めています。形状や構造も大きく見直して、不安を感じた時はボタンを押せばスマートフォンから着信音が鳴って、ピンを引き抜けば登録した友人、家族のLINEグループなどに位置情報を共有できる仕組みにしました。
―― 2023年の「TokyoものづくりMovement 未来のものづくりベンチャー発掘コンテスト」(主催:地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター/以下ものづくりMovement)では、最優秀賞に選ばれました。当時をどのように振り返りますか。
まず応募段階の資料作りが、とても役立ちました。複数の専門家にピッチ練習を含めて見ていただけてアドバイスもいただき、作り上げた当時の資料は今でも我々が使っている資料の基礎になっています。どうしても防犯意識が自分ごとではない方もいますので、自分の想いだけでなく、客観的なデータを示して納得してもらうプロセスを踏めて鍛えられました。加えて、私も改めて事業と向き合って、メンバーともよく議論したので、自分たちにも納得感が出てきました。
あと、モチベーションになりましたね!Yolniが求められている実感があり、世の中に出さないといけないという身が引き締まる気持ちになりました。
―― 最優秀賞を獲った後、支援金を元手に商品開発やマーケティング活動にも取り組んだと思います。その成果や苦労はどう感じましたか。
ハードウェアスタートアップの中では「量産の壁」と言われますが、支援によってプロトタイプの制作と量産は全く違うものだと痛感しました。工場へ量産ラインを作るために工程を考えて、その内容を詰めていく作業は本当に大変でしたね。課題を洗い出すために、工場で10個、100個と生産ロットを増やしていき検証しました。
一方で、製品の十分な作り込みもできました。例えば、Yolniのボタンは大きな形状ですが、カチッと押し応えがあって、ボタンの端でもしっかりと押せて、押した後の戻りもふわっとする、ユーザーが操作していて気持ち良く感じるフィードバックにこだわるため、材料や構造を何度も検証して改善しました。セオリーがあるものではないので、自分たちであれこれ考えながら試すことができたのは助かりました。
またマーケティング活動の一環で、モデルやフォトグラファーの方と協業して製品撮りを行い、WEBサイトとInstagramもしっかりと制作することができました。量産化に向けた知見を得られて、販売に向けた準備もできたのでとても良い取り組みになったと思います。
千代田CULTURE×TECHへ参加…「雑談からでも」
―― 1社目の起業を経て、Yolniは千代田区で創業されました。この地域にした理由はあるのでしょうか。
以前、千代田区内にあった民間が運営するコワーキングスペースへの入居がきっかけでした。Yolniの法人化は1年前(2023年4月)ですが、それ以前からそのコワーキングスペースで開催されたプログラムを通して、プロトタイプをブラッシュアップしていたんです。
その後、コワーキングスペースは営業を終了したのですが、金融機関や区内の方とのつながりがあったので、もう千代田区から出たくないという気持ちになって。ものづくりMovementの支援を受けている中で出会ったご縁もあって、区内で引っ越しをして今に至ります。なので、今後さらに区内を知って、千代田CULTURE×TECH(CCT)のコミュニティやイベントを通じて、たくさんの方とつながっていきたいと思っています。
―― CCTはスタートアップを目指す方、したばかりの方、それを支援したい方など様々な方がいらっしゃいます。このコミュニティに入られて、期待していることや楽しみにしていることはありますか。
以前、拠点を置いたコワーキングスペースでもオンラインコミュニティがあって、そこでの良い思い出があります。オンライン上で見つけてきた小ネタや面白い記事をシェアしたり、ものづくりに興味がある方が多かっただけに「この部品、ここで安いよ」というプチ情報を教え合ったり、活発なやり取りがあったんですよね。シェアオフィスなどリアルの場だと話しかけにくい場合もあるじゃないですか。
CCTでも、オンラインコミュニティで雑談からでもやり取りが生まれたら良いなと思います。少しでもつながれば、いざとなったときにあの方に聞けば良いなという広がりも生まれると思うんですよね。
―― 社内だけでなく社外にも相談相手がいるのは、事業を進める上で心強いですか。
そうですね。スタートアップにとってありがたいと思います。実際に会って話すことでアイデアが膨らみ、磨かれる経験を持っていますが、私はいきなり対面で名刺交換して、すぐに人と仲良くなるのが得意なタイプではなくて。オンラインでつながり、交流会などリアルの場で会うという段階を踏めると嬉しいですね。
「それいるの?」という声に負けないために
―― 量産に向けて工場との準備が済んで、今後はどんな展望をお持ちでしょうか。
2025年中にクラウドファンディングを行って、量産に向けた最初の資金を募りたいと考えています。そのためにYolniのユーザーとなり得る方に触れていただける展示会や体験会を行いたいですね。私はYolniが防犯アイテムではなく、日常へ溶け込むファッションアイテムとして認識されるようにWEBサイトやSNSで表現しているので、リリース前からたくさんの方に見て楽しんでいただけると嬉しいです。
―― 販売前ですが、Yolniの世界観が表現されたWEBサイトとSNSで素敵だなと思いました。
怖い思いをして初めて防犯のためにYolniを身につけるよりも、日頃からファッションとして身に着けていただき、安心いただく製品を目指しています。そうなれば本人だけでなく、周りの方の防犯意識も変わってくるではないでしょうか。
また、自分用はもちろんですが、大切な方のためにもYolniを贈ってあげたいと思っていただけると嬉しいです。プレゼントとして受け取った時にも喜んでもらえるよう、パッケージの材質やデザインもとてもこだわっています。
将来的には製品を起点とした広がりも作りたいと考えています。私たちのミッションは「夜道の不安をなくす」ですから、スマートフォンとの連携によって得られたデータの活用によって、世の中の課題解決にもつながるのではないでしょうか。
例えば、ユーザーが不安な時に着信音を鳴らした位置情報を分析して地域の防犯マップ作成や、帰り道のルートガイダンスなどに展開できると考えています。私たちは、何かが起こる前のところでYolniを使って、ユーザーの皆さんに安心を届けたいですね。
―― ありがとうございます。では、最後に読者の皆さんへメッセージをお願いいたします。
やはり、スタートアップは大企業がやらないことに取り組むのが一番大事だと思います。Yolniのニーズはニッチだと思いますが、だからこそやる意味があると思っています。その過程で「それいるの?」という声に負けないためにも本人が絶対に必要と信じて、製品の価値を言語化できるように試行錯誤してほしいですね。目の前に広がるブルーオーシャンへ向かっていく気持ちで、ぜひ頑張ってください。