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印刷の老舗とデザイナーの協働で生み出す、新たな価値。富士リプロがD-noumと製品化に向けてまい進する舞台裏

印刷会社の富士リプロ株式会社は創業45年目の昨年、中小企業とデザイナーとの協働を目的とした企画提案型デザインコンペティション「東京ビジネスデザインアワード 2024」(主催:東京都)に応募し、D-noum(以下ディノーム)との協働が実現。最終審査で『リング製本とオンデマンド印刷技術を応用した未開拓領域への製品提案』が最優秀賞に選出されました。印刷の老舗とデザイナーによるコラボレーションの舞台裏に迫ります。

今村秀伸 氏(富士リプロ株式会社 代表取締役社長)写真右

1990年に富士リプロ株式会社へ入社。主にソフトウエア業界や印刷業界に対して長年営業の最前線に立つ中、初代社長の退任を受けて、2024年5月より現職。

藤井誠 氏(ディノーム 代表 / コンセプトプランナー / デザイナー)写真左

2007年に多摩美術大学を卒業後、フィールドフォー・デザインオフィスに勤務。2018年にディノームを創立。

山田奈津子氏(ディノーム デザインアーキテクト / 一級建築士)写真中央

2012年に多摩美術大学大学院を修了後、フィールドフォー・デザインオフィスに勤務。2019年にディノームに参画。

締切り1週間前に決断…デザインコンペに応募した理由

TBDA 2024 のスケジュール
【4~6月】企業からテーマを募集
【9~10月】審査委員会がテーマを選定・発表 / デザイナーから提案を募集
【11月】一次・二次審査(企業とデザイナーのマッチングが成立したものをテーマ賞として選出) ~ 双方でテーマ賞のブラッシュアップ及び作り込み
【2025年2月】最終審査・表彰式

―― どんなきっかけで「東京ビジネスデザインアワード 2024」(以下TBDA)へ応募されたのでしょうか。

今村)弊社は1979年より印刷業を営んでいるのですが、時代とともに業界の規模が縮小している状況です。パソコンやスマートフォンなどデジタル機器の普及やリモートワークも進んでいるため、ペーパーレス化で紙の消費量が減ったり、雑誌も廃刊になったり、文字離れが進んでおります。

一般的に我々は受注産業と言われていて、業界の規模が縮小すれば、案件に対して手を挙げる業者もたくさんいるわけですから、どうしても価格競争に巻き込まれます。その状況から脱するための手段を模索してきたものの、なかなか有効な手立てが見つかりませんでした。また、自分たちでプロデュースして世の中にものを提供するという経験もありませんでした。

そんな中で、取引先がTBDAの開催を教えてくれました。賞を獲った企業のビジネスが動いているから「やったらどう?」と提案をしてくれて。エントリー締切りの1週間前だったのですが、営業のみんなと話をして“まず申し込みをしよう”と決め、急いで書類をそろえました。

―― そんな短期間で準備をされたんですね。

今村)当初は準備をしっかりして来年に挑戦しようという意見もありました。でも、営業の飯島さんが中心となって資料作りを頑張ってくれて。応募概要を調べ、びしっとエントリー書類の準備をしてくれたんです。それを来年に出すのではなく、すぐにチャレンジしてみようという話になりました。

書類選考と面接を経て、30数社のエントリーがあったと聞いていますが、おかげさまで審査を通過した9社に選ばれました。

藤井)今村さん、9社に選ばれるなんて持ってますね(笑)。

今村)そうなんだよ(笑)。ただ、印刷会社は独自技術をなかなか持っていないので、エントリー書類を書く時も、どうするんだってみんなで議論をしたんです。その中で数年前から取り組んでいる、卓上カレンダーを作るときに設備投資した「リング製本」という技術に着目して「リング製本とオンデマンド印刷のワンストップ供給体制」というテーマを設定しました。

9社に選ばれたのちTBDAの事務局からテーマを公表してもらうと、当社の技術に対してデザイナーの皆さんから新しい価値をもたらすご提案を数多くいただきました。我々もびっくりするぐらいありましたね。その素晴らしいご提案の中で、最終的にディノームさまへのご依頼を決めて、今に至ります。

実質2ヶ月でアワード受賞へ…短期間で成果が出たワケ

―― ディノームさまは、富士リプロさまのテーマが発表されてからどのような考え方で提案をされたのでしょうか。

藤井)リング製本という技術を、いかに新しいビジネスにつなげられるか。今まで文具にしか使われていなかった技術を、新しい市場で使えるようにすることを第一に考え、僕らの強みであるインテリアデザインや建築設計の発想でご提案を考えました。

様々なデザインコンペがある中で、TBDAはビジネスに焦点を当てていることが、他のコンペと大きな違いです。良い案を出した後に売れる製品を作るために何が必要なのか。それを頭に入れながら日常生活を過ごす中で、アイデアが出てきました。

―― 最優秀賞を獲った製品は開発過程かと思いますが、どんな製品になる予定でしょうか。

今村)まだはっきりと申し上げられませんが、リング製本の技術を使ったインテリアに溶け込む製品です。ご提案を見たときは斬新で美しく、感動しました。どうやってデザインされたものを形にしていくのか試行錯誤しながら作っていったので、ディノームさんも大変だったと思います。

藤井)製品には、僕らの着想によってリング製本の技術を落とし込みつつ、印刷のプロフェッショナルである富士リプロさんの技術も掛け合わせています。付加価値の高い製品にして、皆さんの生活シーンを豊かにしていきたいですね。

―― 試行錯誤の大変さはどの辺りに感じたのでしょうか。

藤井)富士リプロさんとの協働が決まって、2ヶ月で最終審査に挑むので、本当に準備時間が短かったです。ただ、その短い期間の中で結果を出すために頻繁に会いましたね。とにかく会って意見交換して課題を解決しながら進めることを大事にしていたので、一番良い賞をいただけたと思います。大変さはありつつも、コンペに対して双方で一気に熱量を上げて作り込んでいった面白さもありました。

また、毎日対面で会うのは難しいので、オンライン上でお互い思ったことや各自が見つけてきた製品作りに役立ちそうなアイデアや情報を共有することによって、プロジェクトが動いているリアリティが生まれたと思います。レスポンスをするのがお互いのルールになり、活発なやり取りにつながったと感じています。

―― 双方の意見交換で一番こだわったところはなんでしょうか。

今村)製品のある部分に関する設計です。建築設計の知見が無いと精緻にできないため、何度も試行錯誤しながら進めました。これは建築設計の知見があるディノームさんがいたから実現できたと思います。

山田)タイミングも良かったです。ちょうど我々が3Dプリンターを導入して、設計のアウトプットを作って打ち合わせをしていました。実際にものを見ながら議論できたので、お互いにイメージのずれも無く、進められたと思います。

山田)製品化にあたっては製本技術も取り入れているんですよ。

今村)それはうちの方でずいぶん検討しました。現場にとっても、大きな経験ができたと思います。

お互いに苦労も…取組みによる社内外の変化とは?

―― まさに両者の技術が融合しているんですね。新しい取組みとなるだけに、富士リプロさまの現場の皆さんにとっても、チャレンジだったのではないでしょうか。

今村)印刷や製本の経験はありましたが、それを応用しながら製品を作り込んでいくのは当社にとっても初めての取組みで、チャレンジでした。我々だけではできない部分は専門設備のある会社にやり方を教わっています。微妙なさじ加減を求められる工程もありまして、現場のみんなもかなり努力して素晴らしいものができたと思います。

また時間の流れも普段、会社に流れているペースとは明らかに違ったとも感じています。特にディノームさんと取組みが決まった昨年11月下旬から3ヶ月弱、いや、年末年始休暇を除いた実働2ヶ月間は、カレンダーや手帳を印刷する繫忙期とも重なって、目まぐるしく過ぎていきました。

でも、そんな中で年明けすぐにディノームさんから頂いた製品に関するアイデアは、非常にありがたかったですね。

藤井)年明けには最終審査会に向けて制作に入る必要があったので、昨年末はアイデアを考えながらの年越しでした(笑)。

―― そんな苦労の甲斐もあって、今年2月のTBDAの最終審査会で最優秀賞に選ばれました。当時、どんな気持ちになりましたか。

今村)どの企業の皆さんもよくアイデアを練られて、完成度が高いんです。すごいなと思いながら見ていましたが、その中でうちが選ばれたので感動しました。

藤井)このコンペは製品化して、世の中に出すことが目的にあるので、結果が出ることによって、製品に対しての自信にもつながりました。チームのモチベーションもより一層高まりましたね。

―― アワード受賞で社内に何か変化はありましたか。

今村)新しい仕事の経験を得られたので、現場にとって非常に刺激になったと思います。今後は製品化されて市場でどう評価されるのか。ゴールはまだ先にあるので、そこでお客様から支持されることによって、現場にもさらに良いものを作りたいなど一層の変化が生まれてくることを期待しています。

藤井)僕らは変化というか、日々学びを頂いております。正解はないので、どうやったらいいのか悩みながら進めていて、製品化に向けても大変なことが多いです。でもそれだけものづくりに皆さん本気だと感じています。お互いの思いや考えていること、同じ目線に立っている部分もあれば全然違う場合もありますが、異業種同士なのでそれが当たり前だし、それが面白いものを作ることにつながると思っていますので、ありがたい機会ですよね。

―― 社外からの反響はありましたでしょうか。

今村)ありましたね。こちらから大きくアピールしているわけではありませんが、特に同業種である印刷会社からはアワード受賞のことをよく聞かれます。それだけ同じような悩みを抱えているということだと思いますので、僕らが良い事例になれたらいいなと思っています。

「これからが勝負」…製品化に向けたロードマップ

―― 製品化に向けて、今後どんな計画を立てていますか。

今村)まず、この秋にクラウドファンディングでのテスト販売を計画しています。どんな評価を受けるのか、どんな要望が挙がるのかを探りながら、製品の質を高めていく必要があると思っています。 アワード受賞=市場投入ではないため、これからが勝負です。

藤井)テスト販売のほかには、PRにも力を入れていきます。新しいものが認知されるために、ターゲットにどんな場面でどう使ってほしいのか。コンテンツを作って広めていく活動をしていきたいです。クラウドファンディングもその一環で、自分たちの想定と、需要がどれぐらいマッチしているのか判断できる機会になると思います。

その後は来年を予定していますが、展示会への出展計画を議論しています。今は売り方も多様化していますから、製品の魅力を一番伝えられるポイントを見定めて動いていきたいですね。

―― 昨今、新しいことに踏み出さなきゃいけないという意識は、どの企業もお持ちだと思います。その中で有言実行することはとても大変だと思いますが、御社は一歩を踏み出しました。新しい一歩を踏み出すかどうか悩んでいる方へ、どんな言葉をかけられるか。最後にメッセージを頂けますでしょうか。

今村)まず、少しだけでも動いてみてはいかがでしょうか。何かにぶつかったり、階段を上がったりすれば、違う景色が見えてくるのかもしれませんし、それが次の一歩になります。やってみることが大切だと思いますし、今回ディノームさんとご一緒できたように、できれば一人ではなく良いパートナーと一緒に取り組むのが良いと思いますね。

お話を伺った企業

富士リプロ株式会社
1979年5月設立。千代田区内神田で複写業を主として創業し、制作・印刷・製本まで自社一貫生産で行う総合印刷会社として成長。2010年より神田司町に本社を構える。国文学系の専門図書の組版や、復刻本の製作に強みを持つ。大型カラーオンデマンド印刷機のいち早い導入や、リング製本技術を活用したカレンダー事業の開始など、新たな取り組みも積極的に行う。

D-noum(ディノーム)

2018年設立。空間設計、プロダクト、商品企画、アートを中心に活動するデザインスタジオ。常にワクワクし、楽しむことを大切にしながら、本質的な課題を発見し、その解決策を可能性へとつなげ、デザインの新たな価値創造に取り組んでいる。